要領よく描写する、説明する

第4章 要領よく描写する、説明する

 

72、眼前の光景を描写する

→主観を排した文章で、リアルなイメージを追体験させる

実用文でも、目の前の光景を描写する必要に迫られることがあります。例えば旅行ガイド書には、現地の風景がどのようなものかを説明する文章があります。

こうした光景の描写は、作家が小説で行う情景描写とは違います。「人間の心を通じて味わえる気色」のことです。小説には書き手の心=主観を自由に盛り込めます。小説の舞台を尋ねたらイメージとまるでちがっていた、ということがよくあります。

他方、実用文では、客観性が重んじられます。自分が見たままの光景を、どうしたら読み手にリアルに思い浮かべてもらえるかが大事です。。描写と現実との落差が少ないほどよいわけです。そうした、読み手にその光景を追体験・共通体験してもらうのです。

以下にポイントを挙げる。

その1 主観を排し、客観的な目で光景を整理しなおす。

①自分の見方に何らかのバイアス(偏見)が入っていないか点検する。例えば、ふだんなじみのあるものに目が行きがちであり、道案内する際に目立たない小さな店などを標識に使ってしまうことがよくある。

②その現場をまったく知らない人の立場・視点に立って眺めなおし、最もわかりやすい説明を心掛ける。

 

その2 光景の構成要素を具体的に把握する

①それはいつのことか(時間)

②そこはどんな所か(場所)

③そこに、どんな人やものなどが、どう存在しているのか(描写客体・相互関係)

④それらが、どんな状況にあるのか(③の具体的状況)

⑤そこで何が起きたのか。自分が何を伝えたいのか(出来事=中心話題)

 

その3 状況や出来事は、一般原則として次の順で伝えるとよい

①大状況→中状況→小状況へと進む。まず、全体状況を述べて「舞台」となる場所のイメージを読み手にもってもらい、次に、登場する人やものの具体的状況や動きの説明に入る(その②の①~③は大・中状況、④⑤は小状況)。

②具体的状況に入ったら話を中心に絞り込み、詳述する。

 

例題1・通勤電車内(朝の混雑の電車内で立ちながら新聞を読んでいる光景)

例文→朝の通勤電車内でのこと。混んではいないが、座席は満杯で立っている人もいる。スーツにネクタイ姿の男性が、ドアに近い場所に立ち、右手でつり革を握り、左手で新聞をもち、それに読み入っている。

(例題1(イラスト)の光景の説明を大状況(全体状況)から小状況(中心的な事物の様子)への順で行っています。この説明をもとに、書き手の主観や考えを交えた論評やエッセイなどに発展させたいなら、以下のようにつづけられます)

●朝は慌ただしいゆえ、新聞を読む暇もない。とはいえ、ビジネスマンが朝刊に目を通すのは必須のこと。そのジレンマの解消策が、今や珍しくなくなったこの光景となる。だが、狭い車内で新聞をこうして広げるのは、迷惑千万なことである・・・

 

例題2・室内風景(十畳ほどのリビング)

例文→フローリングの、十畳ほどのリビングである。天井中央に五弁の花のように丸い灯りが5つついた証明が設けられ、その下にダイニングテーブルと四脚の椅子がおかれ、下にカーペットが敷かれてある。テーブルを囲むように左手前にソファー、右手にアップライト・ピアノ、奥の窓手前に棚には液晶テレビ、隣のスレレオとフルサイズのスピーカーが置かれ、左手の壁には長い出窓が張り出している。窓にはいずれもレースのカーテンがかけられ、二つの窓の間には天井まで届くキャットタワーが据えられ、出窓と手前のソファの間には観葉植物の鉢がおかれてある。

(例文は、家具の配置を中心に概容を説明しています。これを大状況とするば、中~小状況の説明にはより細やかな要素-エアコン、ピアノの上のぬいぐるみ、出窓棚の本など-が加わります。

 

 

 

73、形状を中心に物を説明する

<課題>

右の写真は電動歯ブラシを斜め前から見たものです。最上部にはずらしがつき、胴体の中心にスイッチがあり、下の台は充電器です。この歯ブラシ本体の形状を要領よく説明しなさい(充電器は説明対象から除く)

<例文>

細長い歯ブラシ本体は、デフォルメした女性像のようだ。ブラシ部分が頭部で、そこからすんなりとした直方体の首がまっすぐ下りる。首の付け根から胴体中央にかけて、前面の胸部はなだかかな曲線が腹部まで徐々に張り出し、腹部中央にスイッチがある。背部はそれとは対照的に首からの直線が続く。胴体下部は、前面の曲線がなだからに狭まり、背面の直線とともに先細りの円柱形を成し、充電器中心の円筒形の穴に収まっている。

→図形・配置・比喩・趣などの表現を組み合わせる

形状を表すのですから、三角や四角、円、円柱、直方体など、図形を表す言葉が役に立ちます。そして、それらの図形がどう配置され、図形相互の関係はどうなのかなどを表すには、前や後ろといった位置関係を表す言葉も必要です。

さらに「~のような」という比喩も有効です。ただし、比喩は適切であれば効果が大きのですが、的を外すと読み手にとんでもないイメージを与えてしますので要注意です。以上の各要素に、それらがどんな趣(様子、感じ)なのかを表す言葉加われば、イメージがよりリアルに伝わります。

例文では比喩を用い、デフォルメした女性像のようだと冒頭で規定しました。そうしておいてから、図形や配置関係を表す言葉や趣の表現を適宜、組み合わせていきます。各要素を以下に整理します。

●図形表現・・・直方体、曲線、直線、円柱形、円筒形

●配置表現・・・中央、前面、下部、中心

●比喩表現・・・デフォルメした女性像のよう、頭部、首、首の付け根、胴体、胸部、腹部、背部、背面

●趣表現・・・細長い、ずんなりとした、まっすぐ、なだらかな、徐々に張り出し、なだらかに狭まり、先細り

※真ん中に趣表現がある感じ

→ものにかかわるその他の要素 量的・質的・印象的側面

上の形状以外で、ものの説明に必要な要素として次のようなものがあります。

●量的側面・・・大きさ、長さ、幅、面積、体積、容積、重さ、量感

●質的側面・・・材質、色彩、におい、温度、音、質感

●印象的側面・・・雰囲気、たたずまい、風合う、触感などの五感による印象

 

 

74、機能を中心に物を説明する

<課題>

電子書籍について、その機能・しくみなどを中心にわかりやすく説明しなさい

例文 従来の紙による印刷媒体ではなく、再生用電子機器(電子ブックリーダー)の画面で内容を読めるようにした出版物が、電子書籍である。画面を指で軽くなぞれば頁がめくれるといった紙の書籍並みの操作性があり、字の大きさを変えられるなど、電子書籍ならではの利点もある。書籍の中身は、携帯電話ネットワークやインターネットからダウンロード(転送コピー)して入手し、それを再生用機器に再ダウンロードして閲覧する。有料と無料のものがある。紙媒体をつかわず、デジタル情報で処理するため、供給者側は印刷、製本、流通、在庫確保などの経費削減や省スペース化が図れ、消費者側も本棚を必要とせず、大量の書籍でも機器1台でもち運べるメリットがある。

→定義・機能・しくみなどを必要に応じて選択する

ものの機能やしくみをわかりやすく説明する方法。例文をもとに、どんな要素がどう表現されているか分析します。

●定義(第一段落前半)・・・再生用電子機器で読める出版物(核心)

●機能(第一段落後半)・・・紙の書籍並みの操作性+電子機器ゆえの利点(操作性+利点)

●しくみ(第二段落)・・・ネットワークなどからダウンロード。有料と無料(入手法+費用)

●効用(第三段落)・・・供給者側の経費削減・省スペース化、消費者側の省スペース化・持ち運びの利便性(供給者側・消費者側の具体的利点)

物の説明ですから、まずは物自体の核心を捉えた「定義」が必要です。それから機能やしくみに入ります。最後の効用は、その物の性格や社会的意味などによっては、影響や問題点などになります。商品のかんたんな説明であれば例文の第二段落まで、あるいは第一段落だけでも事足ります。

定義+機能+仕組み+その他

必要要素がつかめたら、あとはいかにわかりやすく説明するかです。その際、各要素で最も伝えるべき事柄に絞ることが大事です。例文では機能では操作性と利点、しくみでは入手法と費用に絞り込みました。もっと細部に入れば、機能では画像を見たり音を聴いたりもできること、しくみでは、これが新たな巨大ビジネス市場として注目されさまざまなサービスが展開されていることなどもあります。

 

 

75、事実を紹介・説明する

<課題>

あなたは今、会社の社内報、あるいは地域や学校の広報誌に、あるユニークな体験をした人物を紹介する記事を書こうとしています。その文章にはどんな要素を盛り込んだらよいでしょうか。要素を列挙してください。

<要素>

  • ●人物の素性(誰が、どんな人が)
  • ●体験の概要(いつ、どこで、何をした。その結果、どうなった)
  • ●ユニークさのポイント(読ませ所→中心ポイント)
  • ●体験をするまでの経緯(どのようにして)、動機(なぜ)
  • ●意義(本人にとっての、あるいは、社会にとっての意義)
  • ●本人の感慨(実感部分)
  • ●波紋・影響(今後)

→5W1Hのどこに重点を置くか

出来事や人物、事柄などを要領よく説明するには、5W1Hをうまく使うことが必須です。書くべき要素を5W1Hに整理してつかむと、漏れのない把握ができます。私自身も新米の新聞記者だったころ、日々の取材活動を通じてその大切さを叩きこまれました。

  • ●WHO(誰が)・・・その人の素性
  • ●WHEN(いつ)・・・体験の概要の中の「いつ」
  • ●WHERE(どこで)・・・体験の概要の中の「どこで」
  • ●WHAT(何を)・・・体験の概要の中の「何をした」「その結果、どうなった」、「意義」「本人の感慨」「波紋・影響」
  • ●HOW(どのように)・・・経緯
  • ●WHY(なぜ)・・・動機

 

過去→経緯・動機(HOW/WHY)→人物の素性、ユニークな体験(WHO/WHEN/WHERE/WHAT)→波紋・影響(WHAT)→未来

上は、過去~未来の時間軸の中に各要素を配置したものです。「ユニークな体験」が主旨なら、そのユニークさがよませ所になるので、記事の中心は真ん中の楕円にあります。「経緯」や「波紋・影響」はこの中心部分との関わりで必要と思われる範囲だけ記述すればよいのです。また体験のユニークさとともに、こんな人がいるという人物紹介も記事の主旨ですから「人物の素性」と「動機」も大事な要素となります。

記事の狙いに応じて自在に重心を置きかえればよいのです。

 

 

76、事柄を説明する

→必要な要素は何か

さまざまなプロジェクトや企画、イベントなどを文章で要領よく説明する方法を考えます。実際に実施されたプロジェクトとその紹介文を例に、どんな要素を盛り込めばよいか分析してみます。以下の例文は、環境省ホームページに搭載された「そらプロじょえくと」の説明文を短縮し、一部用語を改めたものです。

<例文>

①自動車は生活を豊かにする反面、排出ガスが大気汚染をもたらします。そのため、排出ガス規制や燃料をきれいに対策が取られていますが、どの程度の排出ガスにさらされるとする対策が取られていますが、どの程度の排出ガスにさらされると健康に害があるのか、詳しくわかっていません。そこで、環境省では「そらプロジェクト」を実施!

②関東・中京・関西の3大都市で、自動車やトラックの排出ガスによる呼吸器への影響を調べました。平成17年度から1万2000人の小学生に「学童調査」を、平成18年度からは約10万人の1歳半のお子様の保護者のご協力で「幼児調査」を開始し、平成19年度からは成人にご協力をお願いしました。平成21年度まで調査を実施し、平成22年度より集計・解析に着手しました。

③平成23年5月に、とりまとめた結果について外部評価を経た後、公開で行われる検討会で報告し、審議のうえ了承されたものを公表した。

 

●要素分析

①「そらプロジェクト」の実施主体(環境省)、狙い・実施理由(自動車排出ガスの被ばく量と健康被害との相関関係がこれまで不明だった)

②実施内容

●実施地域(3大都市圏)

●対象層・規模(小学生1万2000人、1歳半の用事10万人、成人)

●実施時期(平成17年度~21年度)

●方法(自動車・トラックの排出ガスの呼吸器への影響を調べる。具体的な方法は、例文では不明。集計・解析は平成22年度より)

③結果報告と公表(平成23年5月、外部評価、検討会報告、審議・了承後公表)

プロジェクトとは、何らかの目標を達成するための計画で、大組織が多数の人々を対象に実施することもあります。実行のための具体的計画という点が、アイディア中心の企画書や提案書と異なります。

ですから、プロジェクトで基本要素を把握すれば、他の具体性のある企画やイベントの説明にも応用が利きます。上の①~③に補足して必要要素を出せば、次のようになります。

プロジェクトの名称とその由来→狙い、実施理由、企画が生まれた経緯→実施内容(実施主体・地域・対象・規模・方法・コストなど)→結果のとりまとめ(期待される効果、実施後のその評価方法、公表の仕方など)→今後にどう活かすか

 

 

77、概念を的確に把握し説明する

<課題> 「我慢する」こととはどんなことかを、説明しなさい。

<解答例> 我慢することとは、何かしたいことがあるのにあえてそれをしない主体的行為である。なぜ我慢するかは将来に設定した目標などを実現するためであり、今ある欲望を理性でコントロールする側面をもつ。それゆえ、我慢は苦痛やストレスを伴う

→言葉自体と具体例の分析を、5W1Hを使って行う

我慢を、私たちは日ごろ、しばしばします。だから、けっして難しそうな言葉ではないのですが、どんなことかと改めて問われると頭を抱えてしまいます。身近な言葉ゆえにかえって説明しづらい。そんな言葉はほかにも、「自己決定」「自由」などいろいろあります。議論などの際、言葉の中身をきちんと把握し、相手とすり合わせておかないと、話が進むにつれて焦点がずれていきます。はじめに概念把握(=定義づけ)をしておくことが大切です。概念把握には分析が必要で5W1Hを活用した次の方法でやるとよいでしょう。

分析には、二つのアプローチ方法があります。その1つは言葉自体の分析です。「我慢する」ことは、強制されることではありません。強制なら「我慢させられる」になります。「我慢しなても済む状況」なのにあえて我慢するのです。ここから”主体的・選択的行為”という側面が導かれます。

では、なぜあえてするのでしょう(WHY)。ここから先は二つ目のアプローチ法である。具体例による分析と検証・補足を交えながら、考えを進めていきます。”なぜか”との問いに戻れば、何か目標がある、そのために今やりたいことをやらないのですね。そこに時間軸(WHEN)を入れれば、目標=将来、やりたいこと=今とう対立と前者(将来の大事)>後者(目前の小事)という比重の置き加減がわかります。

また、どう我慢するのか(HOW)を考えれば、理性で目の前の欲望や情動をコントロールすることに思い至ります。この考察をよくある具体例で検証してみます。「やせるために甘いものを控える」「受験合格のために遊びを我慢する」-どちらも上の分析内容に合格します。解答例最後の「苦痛やストレスから」は実感に基づく補足です。身近な抽象的概念の把握には、こんな分析法が有効です。

 

 

78、複数の事柄を説明する

→複数の論ずる原型は「二項問題」

何かを説明したり論じたりする場合、いつも一つの事柄だけを扱うわけではなく、複数の事柄を同時に扱うこともあります。その典型が「二項問題」で、二つの事柄をどう扱うかが、より多数の事柄を扱う場合の基本となります。

ここでは二項問題でかんがえます。

二つの事柄(AとB)を同時に上手に説明するには、両者の相互関係をつかまえる必要があります。要するに、比較するのです。そして、そこにどんな関係がひそんでいるのかを見つけ出します。

A-B→AとBの比較→「関係」の発見

→AとBの関係を見つける

AとBの相互関係の主なものには、以下のものがあります。

  • ①単なる並立=無関係(切り離して考える)
  • ②包含関係(集合。一方の中に他方が含まれる)→Aの中にBが含まれている関係)
  • ③先後関係(時間は先か後か)→Aの後にBがある(Bが続く)
  • ④論理関係・・・①因果関係(原因→結果)Aが原因でBの結果がある
  •         ②対立・矛盾関係(互いに相容れない)→AとBは対立している関係Aの反対はBの関係
  •         ③相補関係(互いに補い合う)→AとBは補い合っている関係)
  • ⑤類似県警(どこがどう似ているか)
  • ⑥異同関係(何が同じで、何が違うのか)
  •      ①質的(質的な異同か) ②量的(量的な異同か)

 

→例題1・「現代生活」と「伝統文化」

実際に大学入試の小論文問題で出された二項に現代生活と伝統文化があります。前者における後者の意義を問うものです。それにこたえるには両者の概念把握をしたうえで相互関係を考えなくてはいけません。相互関係は、一つしか該当しないわけではありません。例題で該当する関係を抜き出してみます。

①包含関係・・・現代生活の中に伝統文化が存在する。

②先後関係・・・伝統文化のほうが先で、現代生活の方が後である。

③対立・矛盾関係・・・現代生活の主内容を「近代化された西欧的な社会システム・合理思想・便利さと効率の追求」などとすれば、それらを導入した明治維新後しばらくは伝統文化との間で軋轢があった。

④相補関係・・・近代化の弊害がさまざまに噴出している今、伝統文化は近代化で失われたものを補ったり、より積極的に弊害克服への新規店を提供するものと考えられる。

<例文>近代化された現代社会の中に、江戸期以前からそんざいする伝統文化が細々とではあるが、しっかりと根付いている。近代化の過程で両者は対立し、前者が後者を”駆逐”する側面があった。しかし、環境汚染や人間関係の希薄化など合理精神に基づく近代化の弊害が叫ばれる今、その克服に伝統文化が果たす役割は大きいのではないだろうか。

→例題・「理想」と「現実」

この二つのセットは、私たちの日常でもよく登場します。どちらの言葉も含む内容が広いので、概念把握(定義づけ)より先に、具体的な現実、私たちの体験などを思い浮かべながら、両者の相互関係を洗いだした方がよさそうです。

①先後・上下関係・・・現実が今のこと、理想が未来のことゆえ、現実が先、理想が後になる。あるいは、時間軸抜きに考えると、出発点と到達点(目標)の関係にあり、理想が現実の上位に位置するとも考えられる。

②対立・矛盾関係・・・よく言われる「理想通りにはいかないよ」という言葉も真理の一面とすれば、現実と理想は対立・矛盾する関係にある。

③相補関係・・・②の半面、理想を掲げるからこそ現実がより良い方向へ前進する一面もある。すなわち、理想は現実の推進力と言える。かといって、理想ばかり追っていては現実が成り立たない。その面で、両者は相補関係になる。

<例文>私たちは「理想通りには行かない」「理想だけで食べていけない」などとよく言う。確かにそうだが、逆に現実だけでも実に味気ない人生や社会になることだろう。理想を掲げるからこそ現実がより良い方向へ前進する。理想は現実の推進力であり、両者がなければ世の中は成り立たないのではないか。

 

79、文章を要約する

→要約スキルを磨けば読解力も高まる

仕事で長い文章のダイジェスト版が求められたり、研究論文に概論(あらすじ)をつけるなど、ようやくの必要な場面が少なからずあります。要約を要領良くできるスキルを磨いておくとそんなときに役立ちます。また、これをマスターすれば、文章の構造が理解でき、何が大事な要素かを見分ける能力が養われ、それが文章読解力を高めてくれます。まさに一石二鳥の技術なのです。

要約のノウハウに入る前に、文章の一般的な成り立ちを説明しておきます。いずれもある明確な主張(=何が訴えること、伝えるべきこと)をもっています。ここで要約対象とする文章も、そうした類のものに絞ります。主張のある文章は基本的に次のような要素で組み立てられています。

明確な主張のある文章=中心主張+中心根拠+補足説明

個々の要素の中でも「中心主張」が文章で最も大切です。「中心主張」とはつまり「結論」です。例えば「増税をするな」という趣旨の文章を書くとすればまさに表題になるその訴えが中心主張であり結論でもあります。

「中心根拠」は、「中心主張」を最も強力に支える根拠(=理由、主観的なものより客観的なものの方が強い)で、この二つが文章の中心骨格を形成します。

「補足説明」は中心骨格の肉付け部分で、具体例やデータ、引用、体験談、証言などを用いて、主張を分かりやすく読み手に伝える役割を担っています。

要約に際してこの三つに比重をつければ、以下のような順序になります。

中心主張>中心根拠>補足説明

構造を理解し、「中心主張」「中心根拠」とそれ以外の要素との区別をつけながら文章が読めるようになれば、文章読解力も飛躍的に向上します。この作業を別の言葉で言えば、本筋の話と脇筋(周辺部分)の話を峻別しながら読むということです。

この区別がつけば、本筋は丁寧に、脇筋は端折りながら用務、という芸当もできます。話がこの先どう展開するかも見通せ、それが読解の「省力化」にもつながります。

→「本筋」を残し「周辺部分」を刈り取る

では、要約の具体的な作業に入ります。要約文の残す要素は「中心主張」と「中心根拠」であり、補足説明を省けます。前者を本筋、後者を周辺部分とすれば、まず、もとの文章から本筋を見つけ出します。

これには便法があります。「例えば~」や「仮に」で始まる段落は具体例や仮定の話を述べて、理解しやすくしている部分なので、かっこに入れて除いてしまいます。こうして周辺部分を先に刈り取ってしますのです。データや引用、体験談、証言なども同類です。ただし、これらの中でも中心主張と強く結びついてるものがあれば、例外とします。こうして「本筋」を浮きだ立てます。次に段落ごとに中心話題やキーワード・キー概念を丁寧につかんでいきます。これらは要約文の要所に活かす重要材料です。以上の準備が済んだら、次の点に留意して要約します。

  • ①本文の趣旨を忠実に写し取る(断定、推量、疑問、事実と意見、筆者の意見と引用文の意見の各区別など本文のニュアンスを損なわない)
  • ②要約文だけを読んで、本文の内容がきちんと把握できるようにする。
  • ③本文の筆者になりきり、要約者の私見などを入れない。
  • ④本文を凝縮するので、必要に応じて抽象度の高い表現でまとめたり、冗長な表現を簡潔に言い換えるなどの工夫をする。

→要約には二つの方法がある

要約とは結局、長文を圧縮する作業であり、それには以下の二つの便法があります。いずれも「補足説明」をカットします。

①主張・結論先行型

後半にある主張(結論)を先頭に移動させる型です。主張が明確で論理がスッキリしている文章向きです。新聞であれば、社説や解説文がこれに該当します。

②全体圧縮型

あまり論理的でないエッセイやコラム向きです。要素間の位置の組み換えをせずに、本文の流れそのままに全体を圧縮します。新聞なら、一面下コラムがこれに該当します。

 

 

80、引用したことを説明する

→感謝の気持ちも込めて出典を明示する

文章に他の資料や文献の内容を引用したときには出典を明記します。それを怠れば、著作権を犯すおそれもあります。また、自分で直接話を聞いていないのに他の記事の談話をそのまま借用したり他者のオリジナルな知的産物をあたかも自分が考えたしたかのように用いれば、法律面だけでなく信義則にも反します。一方、出典を明示することで、文章辞退の信憑性、信頼性が高められます。私たちは先人が築いた莫大な学識や知見の助けを借り、物事を考えています。この人たちの知的格闘へ感謝する意味からも、出典をきちんと明示しましょう。その典型例を紹介します。

→基本型

<例文>

アイヌの天才少女・知里幸恵は「その昔この広い北海道は、私たちの先祖の事由の天地でありました。天真爛漫な幼児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた・・・」(知里幸恵翻訳「アイヌ神謡集」岩波文庫、序より)と先祖たちのおおらかな姿を謳い挙げた。

鍵カッコ内で引用文を紹介したすぐ後に、丸かっこで引用文の出典を明らかにしています。本であれば、「著書か編者、訳者」「本のタイトル」「版元名」「引用箇所」とう順番になります。最後の引用箇所は入れない例も多々あります。

→研究論文など

研究論文などでは、本文中の該当箇所に「1」などと連番数字をつけてかき、論文末尾の「註」(「註」とも)で一括して出典を紹介するのが面倒です。

<例文> 註1:文野太郎「時代を表す言葉」23頁(文野太郎編「言葉が社会を動かす」原田書店、2010年)

上例は、引用した文章が「時代を表す言葉」という論文の23頁にあり、その論文が「言葉が社会を動かす」という単行本に収められていることを示しています。本や論文の公刊時期が意味をもつときには年月日まで明示することもあります。

→全集などからの孫引き

<例文> 「開化とは晴れ衣を衣たる社会のには非ずや」(中江兆民「西海岸にての感覚」、日本近代思想体系22「差別の諸相」所収、岩波書店)

直接、原文を入手して引用するのが原則ですが、どうしてもそれが叶わない場合には、「孫引き」せざるをえません。論文名だけでなく、それを改めている書名を明示します。

→その他

翻訳本からの引用も、基本原則に沿って標記します。まだ日本語訳の本や資料がなく自分で翻訳した場合は、原文で出典を表記し、「拙訳」などを加えます。

<例文> 「寛解という言葉はがん患者を最高に元気づける」(Nessim&Judith,CANCERVIVE,45頁、拙訳)