退職の仕方にもいろいろありますが、その一つに「依願退職」という形があります。普段はなかなか使わないこの言葉、あなたはその正しい意味を理解していますか?
ここでは、依願退職という言葉の意味と具体的な手続き、そして気になる退職金や失業保険の扱いについてご紹介していきます。
1.依願退職とは…退職願を出し、会社が承諾することで成立
懲戒処分を受けたら依願退職?
突然ですが、こんなニュースを目にしたことはありませんか?
○○県は×日、部下の女性にセクハラ行為を繰り返し行ったとして、■■部■■課の男性課長(51)を停職3ヶ月の懲戒処分にしたと発表した。課長は同日付で依願退職した。 |
官僚に自治体職員、警察官、自衛官、公立学校教師…。ネットで「依願退職」と検索すると、公務員が不祥事で懲戒処分を受けたことを伝える記事がたくさん出てきます。このため、依願退職というと「何か悪いことをして処分を受けた人が辞めたんだ」というマイナスイメージを持っている人も多いようです。
しかし、ここで強調しておきたいのは、依願退職は決して悪いことではない、ということです。むしろ、定年退職や解雇といった場合を除けば、ほとんどの退職は依願退職に該当すると言っても過言ではありません。
依願退職は自己都合退職の一つ
退職は、その原因が従業員側にあるか会社側にあるかによって、「自己都合退職」と「会社都合退職」に分けられますが、ここで取り上げている依願退職は自己都合退職の一つとして位置づけられます。転職で会社を去ったあの人も、結婚を機に退職したあの人も、実は依願退職だったのです。
依願退職について詳しく説明する前に、まずは退職の種類を簡単に整理しておきましょう。
自己都合退職 (1)従業員が退職を申し入れ、会社側の承諾を得て行う退職 (2)従業員が退職を申し入れ、会社側の承諾を得ないまま行う退職 (3)懲戒解雇(労働者が責任を負わなければならない理由による解雇) 会社都合退職 |
依願退職は、自己都合退職の(1)に当たります。依願退職とは文字通り、従業員の「願いに依(よ)る」退職のことで、従業員からの申し出によって従業員と会社が合意した上で雇用契約を解除することです。マイナスイメージのつきまとう依願退職ですが、こうしてみてみると、ごくごくありふれた退職の仕方であるということがお分かりいただけると思います。
ちなみに、自己都合退職は民法627条1項で次のように規定されています。
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
このように、法律上は申し入れさえすれば会社が認めなくても2週間後に退職することが可能です。この場合は、上で整理した自己都合退職の(2)に該当することになり、依願退職とはなりません。
手続きには「退職願」。退職金・失業保険は自己都合退職扱い
依願退職は自己都合退職ですので、そのためにはまず退職願を提出して会社と話し合いをする必要があります。退職届は一方的に「退職します」と宣言するためのものなので、依願退職にはふさわしくありません。
依願退職をすると退職金や失業保険はどうなるのか、と気にしている人も多いと思います。ここまで繰り返し説明してきたとおり、依願退職は自己都合退職の一つですので、退職金や失業保険でも自己都合退職として取り扱われます。
依願退職という言葉が懲戒処分とセットで使われるワケ
懲戒処分は労使ともに退職に流れやすい
普通の自己都合退職なのに、不祥事のニュースに限って依願退職という言葉が使われるのはなぜなのでしょうか。
懲戒解雇(公務員の場合は懲戒免職)でない限り、懲戒処分を受けたとしてもその職場で働き続けることは可能です。
しかし、懲戒処分を受けた側からすると、不祥事を起こしたことで職場にいづらくなりますし、その後の昇進や昇給に悪い影響が出ることも予想されます。
一方、懲戒処分を行った側から見るとどうでしょう。不祥事を起こした人に対して不信感を持っているでしょうし、本音では「辞めてもらいたい」と思っているかもしれません。このような理由から、懲戒処分を受けると、本人も退職に気持ちが傾きやすくなりますし、使用者側も引きとめを行わず退職を認める傾向にあるようです。
使用者側の温情で依願退職になる場合も
使用者側が処分を軽くする代わりに退職願を提出させる場合もあります。「本来なら懲戒解雇に相当するが、次の就職に不利にならないよう、停職処分にとどめるかわりに退職願を書いてくれないか」というケースです。
懲戒解雇されると再就職の選考で不利になるのは避けられません。しかし、自分の意思で辞めたことにしておけば、履歴書や面接で別の退職理由を説明することができますので、依願退職にしてはどうかと勧めることがあるのです。
依願退職には「本人からの申し出」を強調する意図
依願退職という言葉は公務員に限って使われるわけではありません。ですが、懲戒処分を受けた公務員の退職をメディアに公表する際、役所などは依願退職という言葉を意識的に使っているフシがあります。
その理由は、公務員の「身分保障」と関係しているようです。公務員は、法律で規定されている原因以外で、本人の意向に反して降任させられたり、免職(民間企業でいう解雇)されたりしないと定められています。公正な職務を担保するため、公務員にとって上司となる政治家(大臣や都道府県知事、市町村長など)の勝手な思いつきで職を奪われないようにしているのです。
このため、公表する際には「本人の意思による退職である」ということを明確にする必要があり、それを強調するために依願退職という言葉を使っているのです。この言葉の裏には「こちらが退職を強要したのではなく、本人が申し出てきたので退職を認めました」という意味が隠されていることを覚えておくと、ニュースの見方も少し変わってくるかもしれませんね。
2.依願退職の手続き―まずは「退職願」の提出から
理由は「一身上の都合」で
1依願退職の手続きは、会社と退職交渉をした上で退職願を提出することから始まります。退職願とは、会社に退職をお願いする書類です。一方的に退職を宣言する「退職届」とは違いますので注意してください。
依願退職は、退職の申し入れを会社側が承諾することで成立します。法律上は、退職の申し入れは口頭でも構わないとされていますが、「言った」「言わない」のトラブルを避けるためにも、書面で申し入れを行うべきです。
退職願の書き方は、通常の自己都合退職の際と同じです。退職理由は「一身上の都合」とし、具体的な理由を書く必要はありません。
3.依願退職の退職金は会社の規定を確認
会社都合退職に比べて低くなる場合が多い
会社に退職金制度がある場合、支給条件を満たしていれば依願退職でも退職金をもらえます。ただ、支給条件や退職金の算出方法、具体的な金額は企業によって大きく異なっています。
退職金の額を算出する際、依願退職は自己都合退職として扱われますが、多くの企業では会社都合退職に比べて自己都合退職の退職金は低く設定されています。具体的には、同じ勤続年数でも退職理由によって支給率に差をつけたり、会社都合退職の場合を満額として自己都合退職の場合はそこから一定割合を減額したり、といったケースがあります。
また、勤続年数によっては退職金を一切支給しない企業もあります。1年以上勤めていれば退職金が支給される企業もあれば、3年以上たたないと退職金を支給しない企業もあるなど、こちらも企業によってまちまちです。
退職金は法的に企業に義務付けられているものではありません。このため、一律の決まりはなく、どのような制度にするかは企業に委ねられています。
退職金制度がある場合、会社には支給の条件や支給率を定めた「退職金規定」というものがありますので、確認してみることをお勧めします。
4.依願退職は失業保険も自己都合扱い
支給開始まで3ヶ月かかる
依願退職の場合でも、失業保険を受け取ることができます。ですが、自己都合退職として扱われるので、支給開始までには3ヶ月程度かかることに注意が必要です。
失業保険は、離職した人が次の職を見つけるまでの生活を支えるための制度です。雇用保険に一定期間加入していれば、1日6,000~8,000円程度を上限に、直近半年間の給与の50~80%の給付金を受け取ることができます。
会社都合で離職を余儀なくされた人の場合、ハローワークに離職票を提出した7日後に最初の給付金が支給されます。しかし、自己都合退職の場合は、さらに3ヶ月の給付制限がかかるので、最初の給付金を受け取るまで7日+3ヶ月かかります。
また、自己都合退職の場合は会社都合退職に比べて支給期間が短くなりますし、給付金を受けるために必要な雇用保険の加入期間も、自己都合退職の方が長く設定されています。失業保険は、会社都合でやむを得ず離職した人に手厚い制度になっているのです。
会社都合退職と自己都合退職の失業保険での取り扱いの違いについては、こちらで詳しく説明しています。
5.まとめ
依願退職は、従業員が退職願を提出し、会社がそれを承諾することで成立する退職の形態で、自己都合退職の一つとして位置付けられます。ごく普通の退職の姿で、退職金や失業保険の支給でも自己都合退職として扱われます。
依願退職は決して悪いことではありませんが、不祥事とセットで使われることが多いため、マイナスイメージを持っている人がいることも事実。退職の話をする際には、わざわざ依願退職という言葉を使わない方が無難かもしれません。