第2章 多様な表現を使い分ける
15、フォーマルを基にかき分ける
フォーマル文 華燭の御晴天を祝し、お二人の御多幸と御健勝をお祈り申し上げます。
↓ 標準文 ご結婚、おめでとうございます。お二人の前途を祝し、お幸せとご健康をお祈り申し上げます。 ↓ カジュアル文 ご結婚おめでとう!いつまでも幸せに、そしてぜひ元気で明るい家庭を築いてくださいね。祈っています。 |
→相手に応じて”定型文”からどれだけ離れるか
こうしたあいさつ文はフォーマル文の定型をもとに、それをどこまで守るか、逆言えば、どこまで崩すかがポイントです。
●拝啓 時下、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。平素はひとかたならぬお引き立てにあずかり厚く御礼申し上げます。
↓ ①拝啓 ますますご健康でご繁栄のこととお喜び申し上げます。日ごろ、大いにごひいきにしていただき、心よりお礼を申し上げます。 ②こんにちは。ますますお元気でご活躍のことと喜んでいます。いつも大変お世話になり、本当にありがとうございます。 |
16、「くれる」「もらう」を変化させる
フォーマル文 まことに申し訳ありませんが、この書類は月末までにお返しいただけないでしょうか
↓ 標準文 すみませんが、この書類は月末までにお返しください。 |
→最も丁寧なのは尊敬表現の敬体・否定疑問形
依頼表現に用いる動詞は「くれる」「もらう」の二つです。その依頼表現における普通系と疑問形、否定疑問形を理解しておけば、使いわけに困りません。常体(だ・である)と敬体(です・ます)を一覧にします。
常体
普通系 | 疑問形 | 否定疑問形 |
~てくれ | ~てくれるか | ~てくれないか |
~てもらいたい | ~てもらえるか | ~てもらえないか |
敬体
普通系 | 疑問形 | 否定疑問形 |
~てください | ~てくださいますか | ~てくださいませんか |
~もらいたいです | ~てもらえますか | ~てもらえませんか |
常体より敬体の方が、敬意が高まります。普通系より疑問形、疑問形より否定疑問形の方が、いっそう敬意が高まります。
さらに敬意を高めることもできます。「くれる」の尊敬表現「くださる」、「もらう」の謙譲表現「いただく」を、それぞれ敬体で使うのです。
常体
普通系 | 疑問形 | 否定疑問形 |
~てくだされ | ~てくださるか | ~てくださらないか |
~て頂きたい | ~ていただけるか | ~ていただけないか |
敬体
普通系 | 疑問形 | 否定疑問形 |
~てくださりませ | ~てくださりますか | ~てくださりませんか |
~ていただきたいです | ~ていただけますか | ~ていただけませんか |
17、動詞を使ってやわらかく
かたい文 連日の35度を超える猛暑が、冷房機器の爆発的 需要をもたらした。
↓ やわらかい文 35度を超える猛暑が続いたせいで、冷房機器が爆発的に 売れた。 |
→名詞を動詞に、形容動詞を副詞にすると、やわらかくなる
日本語は抽象的・観念的事柄を表すのが苦手で、感覚的に描写したり、個人の勘定を表すのが得意です。そんな性格のゆえ、「無生物主語」の客観的表現はあまり用いないのですが、レポートや論文などには少なからず登場します。
例文はその典型です。硬い文では「猛暑」を主語に「冷房機器の爆発的需要」も目的語にし、それを「もたらした」と見ています。やわらかい文では、それを少しでもこなれた文に代えようとしてます。主な変化は・・・
かたい文 | やわらかい文 | |
連日の(名詞+の) | → | 続いた(動詞) |
爆発的(な) | → | 爆発的に(副詞的用法) |
需要をもたらした | → | ~売れた(主語は「冷房機器」) |
猛暑を主語に据えた名詞の中心の文(かたい文)を、事実を平明に記述する動詞中心の文(やわらかい文)へ変換しているのです。この変換(かたい→やわらかい)には次の3原則があります。
- ①名詞を動詞に換える
- ②形容詞を副詞に換える
- ③無生物主語を原因・理由・手段・条件あるいは場所・時間の表現に換える
18、感情語で思いが前面に出る
主観的な文 新製品が広く知られるようになったのは、うれしい。だが、まだそれが売り上げに跳ね返ってきていないのが困ったものだ。
↓ 客観的な文 新製品の認知度が上がったのは、好材料だ。だが、それが売り上げ増に直結していないのが課題だ。 |
→筆者の思いは感情語に表れる
主観的か客観的かによって分かれる。述語に感情語が出てきたら、主観文と思うべきです。
19、心情に触れてハートに迫る
新聞スポーツ面の大相撲名古屋場所の記事
乾いた表現 大関魁皇が4日目の13日、豊ノ島を突き落としで破り、通算1000勝を挙げ、元横綱千代の富士の持つ史上最多記録に並んだ。 ↓ 湿った表現 足腰の不安を振り切る覚悟が、立ち合いに詰まっていた。魁皇が懸命に踏み込む。出足を止められた豊ノ島を棒立ちにさせ、左からの突き落とし。タイミングの良さも手伝い、難敵をあっさりと土俵に転がした。 |
→事実に基づく乾いた表現、心情に寄り添う湿った表現
前者が客観的事実の記述が中心なのに対し、後者は出来事に関わる人たちの心情や苦労、格闘、経緯、背景などに触れ、読者に驚きや感動、共感を呼び起こします。人間臭さこそが”湿り”の元なのかもしれません。
20、緊急性・深刻度で使い分ける
強い禁止 ただちに酒とたばこをやめ、早急に精密検査をうけなくてないけない、と医師から厳命された。
↓ 標準 酒とたばこを控え、精密検査を受けるよう、医師から注意された。 ↓ 穏やかな勧め できれば、酒とたばこを減らし、機械を見て精密検査を受けたほうがよい、と医師から勧められた |
→時間的側面(事態の緊急性)・質的側面(深刻度)から要請表現を変える
緊急性(時間)・・・ただちに、早急に、即座に、即刻、大急ぎ、すぐに、速やかに、近々、近いうちに、近く、そのうち、機会を見て、いずれ、いつか
要請の仕方・・・厳命する、引導を渡す、命令する、命じる、警告する、勧告する、言いつける、説教する、戒める、忠告する、諭す、注意する、意見する、指導する、要請する、要求する、求める、指示する、勧める、助言する、アドバイスする、告げる、話す、言う |
21、最も強い「絶対にありえない」
全否定① 彼が合格するなんて、絶対に ありえない。
全否定② 彼が合格することは、けっして ないだろう。 部分否定 彼が合格するとは、必ずしも言えない |
→否定の強さに応じて文末表現を変える
「絶対に」という言葉はとても強いので、この否定は最も強い全否定となります。どんな条件や制限があろうとも肯定できない、というケースです。文末も「ありえない」と呼応させ、可能性を強く否定しています。
「けっして」も全否定ですが。「絶対に」比べると、こちらは何らかの前提を含んでいます。例えば、今回は許してやるけれど、それはけっしてよくない}と言えば、”今回はゆるしてやるが、それは例外だ”という前提を置きながら、”やはりよくないことなのだよ”と諭しているのです。文も絶対にほどの確信には至っていません。”よほどの運に恵まれない限り”ぐらいの前提が隠されています。よって文末を推量の「だろう」にしました。
「必ずしも」も部分否定です。断言はできないというケースになります。
他にも、「少しも~ない」もありますが、強調する否定ではありません。また「何ら」と「全然」も否定を強める表現です。どちらも”主体と特定の対象・相手との間に、行為や作用のやりとりがまったくない状態”を表します。
ただし、「何ら」がそうした関係を表す用法だけなのに対し、「全然」には二者間の関係の不在を表すのとは別に、”一つの物事自体の動きや状態を否定的に表す”用法もあります。
22、子供向けに専門用語を使わない
子供向け ゲノムは生物の細胞の中にある、親から引き継いだ暗号のような「遺伝情報」の連なりのこと。その連なり方で、生物それぞれの姿形や生きるしくみが決まる。
↓ 大人向け ゲノムは、ある生物をその生物たらしめるのに必須な遺伝情報のこと。細胞内の一組の染色体であり、この情報の組み合わせ方により、その生物固有の姿形や生態機能が決まる。 |
→読み手の理解力に合わせて表現する
23、一般人に通用するのか検討する
専門家向け 高年者高血圧の病態は、動脈硬化の親展に伴う心血管系および循環動態の変化と血圧調整機能の減弱、血圧の動揺性の増大などから、若・壮年者高血圧の病態とはかなり異なる特徴的な臨床像を呈する。
↓ 一般人向け 高齢者の高血圧は、動脈硬化が進んで心臓から全身への血液循環のあり方が変化し、血圧を調整する機能も弱まり、血圧が変動しやすくなるので、病状のありようは、若・壮年者の高血圧とはかなり異なった特徴あるものとなる。 |
→この表現は一般人に通じるのかを一度考えてみる
一般人向けに専門用語を多用したら、話は一方通行になってしまいます。
24、「話す」「語る」「述べる」
例文① ○○さんは「みんんが楽しんでくれればうれしい」と話した。
例文② ○○さんは「1年前から準備を始め、関係者の合意も取り付けてきた。それが今回の成果に結びついた」と語る。 例文③ ○○官房長官は「補正予算が早く成立しないと、復興が前に進まない}と述べた。 |
→談話の内容に応じて使い分ける
「話す」・・・声に出してものを言うという意味で3つの中では適用範囲がいちばん広そうです。心に思うことを言葉で表す「言う」とほぼ同じように使えます。
「語る」・・・事柄や考えを言葉で順序立てて相手に伝える」という意味です。語るには”話に筋がある”ことが基本的には求められています。
「述べる」・・・伸べると同語源で”言葉を連ねて言い表す”ことです。
入れ替えできない例として・・・
- ●話す:みんなでよく話あってください。
- ●語る:あの話を語らせたら、彼以上の人はいない。
- ●述べる:では、私の意見をいかに述べさせてもらいます。~
25、リアルに表現する直接話法
直接話法 「私自身が昨日、Aさんに会いましたよ」Bが証言した。
↓ 間接話法 彼自身が前日にÅ氏に会った、とBが証言した。 |
→リアルに表現する直接話法、丸めて伝える間接話法
その人らしい談話や言い回しをかぎかっこで引用する直接話法は、リアルさや親しみを出すのに効果的です。読者の主観表現をそのまま出せるゆえですが、事実の概略を要領よくまとめるには間接話法が向いています。
直接話法 | 間接話法 | 変化 |
私自身 | 彼自身 | 一人称→三人称 |
昨日 | 前日 | 主観表現→客観表現 |
Aさん | A氏 | 主観表現→客観表現 |
会いましたよ | 会った | 敬体→常体 |
26、量的変化は増・減を核に表す
例文① 人口が減少するなら、経済規模が縮小するのもやむを得ない
↓ 例文② 医療の進歩で旧来の感染症が激減したが、最近はペットなどを介した新興感染症が急増しており、問題となっている。 |
→”特定のものだけ”の変化を表す語に注意
最も基本となる増減関係
- ●基本表現 増加-減少(プラス、マイナス)
- ●大きさ表現 増大・拡大‐縮小
- ●長さ表現 延長・延伸-短縮
また次のように、ある特定のものに「増・減」をつけて、そのものだけの変化を表す表現もあります。
人員 増員⇔減員 利益 増益⇔減益 金額 増額⇔減額 給料 増給⇔減給など
・「加」「減」がつくものもある
圧力 加圧⇔減圧 点数 加点⇔原点 糖分 加糖⇔減糖
計算 加算⇔減算 重量 加重⇔減重 速度 加速⇔減速
27、「良くなるか」「悪くなるか」で表す
例文① 薬が効いて好転していた病状が、再び、悪化しだした。
例文② 機械を改良して実績も改善された。 |
→好-悪 、 進-退 、 強-弱 、など対立軸で覚える
質的変化は”良くなるか-悪くなるか”という対立軸のどちらへ動くかが問題となるケースがほどんどです。
- ●進-退 進歩⇔退歩/進化⇔退化/増進⇔減退
- ●強-弱 強化・増強⇔弱化(弱体化)
- ●濃-薄 濃縮⇔希釈/濃厚⇔希薄
また「新」をつけて変化を表す語群もあります。
- ●維新(政治上の革新:明治維新)
- ●一新(すっかり新しくすること:面目を一新した)
- ●更新(新しく改めること:世界記録を更新した)
- ●改新(古いものを改める:大火の改新)
- ●革新(しくみを根本から改めること:技術革新が進む)
- ●刷新(良くない状態を除き、まったく新しいものにすること:人事を刷新する)